こんにちは!
自由が丘の話し方教室シュイロ講師の岡田美咲です。
まずは、昨日発生した令和8年度熊本地震の被害に遭われた方、
今も余震が続く中、不安な思いでお過ごしの方、
大切な方を案じる全ての皆様に心よりお見舞い申し上げます。
熊本は大学時代を過ごした大切な場所です。
特に被害が大きく報じられているショッピングモールは
当時のアルバイト先があり、沢山の思い出が詰まっています。
何もできないことが大変もどかしく、無力さを感じることもありますが、
私は私で目の前の方を救うこと、立ち止まらず前向きに進むことが
回りまわって、大切な場所にパワーを送ることにもつながると信じて過ごしたいと思います。
ひとつだけ言えることとしては、
SNS等にはデマや生成AIで作られたフェイク画像なども流れていると報じられています。
離れた場所からの支援の方法として、情報のシェアを選ぶ方もいるかと思いますが
自分の情報は確かなのか、今一度確認をした上で行動をされることを願います。
この連続コラムは、これから8月14日までは続きます。
今回の地震への言及は一旦今回までとさせていただくことになるかと思いますが、
皆様の安全と被災地の一日も早い復興が実現することを、心から祈っています。
さて、この二日間、多くの皆様同様、私も熊本に思いを馳せて過ごしています。
実はつい先月も訪れたばかりでした。
冒頭にも書いた通り、熊本は大学時代4年間を過ごした第二の故郷。
人生で一番、怒って、泣いて、努力して、今の私の強さの土台を作ってくれた土地です。
今日は、予定を変更して熊本と私について書きたいと思います。
そもそもどうして熊本の大学に進学したのか、良く聞かれます。
当時、地元は福岡市内の比較的便利な場所で、わざわざ実家を出る必要がない立地でした。
県内だけで進学先の選択肢も豊富に有ります。
それでも熊本の、さらに山の奥にある大学に進学した理由は二つ、
音楽と幼児教育、両方を一緒に学びたい、
そして、自分のことを誰も知らない場所で生きてみたかったから。
高校三年時、進路を考え始める時期、
保育科がある地元の短大を受験の候補にしていました。
ちょうど時を同じくして、長年所属していた合唱団を卒団しました。
離れてみると、自分にとって音楽は人生に不可欠だったと気づかされ、
音楽がないと、何かを頑張れる自分を失うかもしれない…と思い、
いちかばちか調べていたところ、九州唯一の音楽大学の存在を知ります。
幼児音楽教育学科…?
幼児教育・保育関連の資格が取れて、音楽の専門知識も学べる?
自分の興味があることを全て学べる学校を見つけたのです。
確か、ちょうど翌日がオープンキャンパスで、
急遽、母と高速バスに乗って出かけました。
(今考えると、この日が人生のひとつのターニングポイントだったように思います)
熊本市内に到着し、それから専用のスクールバスに乗り換え、40~50分後、大学に到着。
事前情報もほぼなく行ったのですが、
声楽の個人レッスンを受けさせてもらえたり
先輩方の模擬授業に参加出来たり、今思い出してもアットホームで楽しかったことを覚えています。
帰りは熊本市内の銀座通りで母と晩御飯を食べて福岡に戻りました。
もともと4年大学に行くつもりはなかったし、
一生福岡を出るつもりもなかったのに、
その日から、熊本での大学生活をイメージする日々が続きました。
翌月には、両親と一緒にオープンキャンパスへ。
(音大のオープンキャンパスは個別レッスンを受けられるので、わりと何度も足を運ぶのが普通)
今でも憧れてやまない恩師と先輩方との模擬授業で
家族や他の参加者と恥ずかしげもなく歌って踊ってはしゃいで、
こんなに気持ちを開放して楽しんだのはいつぶりだろう?と晴れやかな気持ちで大学を後にしたのを覚えています。
というのも、中学、高校時代、友人には恵まれたものの、
思春期のソレもあって、見栄っ張りだった私は、いつも人目を気にして生きていました。
服装、髪型、容姿、恋人、全て誰かに評価されている気持ちがつきまとい、
嫉妬や雑念ばかりが頭を支配して肝心の勉強は全く手に付かず、
唯一集中できていたのが、学外活動の合唱(音楽)だったのです。
もし、この学校で新しい人生のスタートを切れたら、もっとまともでまじめな人間になれるかもしれない
誰の目も気にせず努力してみたい
このおもいから、
4年大、県外進学、奨学金の借り入れなど、予定外の人生が始まりました。
最後は、音楽好きの父が背中を押してくれ、
秋には、1泊2日で入試にもついてきてくれました。
入試の面接の際、
小論文では、「合唱団時代に音楽を介して心を開いていった子の変化について」
面接では、「子どもと保護者の小さな変化にも気がつける保育者になりたい」と、
伝えました。あと、実技では歌も歌いました(照)
今思えば、18歳の頃から、
人の変化や心の動きに敏感にいたいと思っているところは変わっておらず
根本をブラさずに学びを広げ、深めた結果が今なんだなぁと実感しますね^^
その後大学に入学してから、
ハッピーで笑顔いっぱいのキャンパスライフ♪かと思いきや、
…なんと、練習と勉強の鬼のようになってしまい…(苦笑)
一部の人からはサイボーグのようと思われたこともあったかもしれません。
というのも、大学進学前に決意していた、
誰の目も気にせず努力する、を全力でやっていく中で
次なる目標が、“首席で卒業する”に変化していったんです。
いくら幼児教育学科とはいえ、私の実力では並大抵の努力と学びの姿勢では首席なんて到底無理。
その名の通り、心を鬼にしてクラス運営を行ったり、
休まずピアノの練習に励んだり、予習復習を欠かさなかったり、
「大学生は人生の夏休み?なにそれ?おいしいの?」(平成風の言い方)
そんな4年間を過ごしました。
(成績評価はピアノだけではありませんが、やはり音大なので重点的には見られていたと思う)
当たり前ですが、熱量の違う子もいるので、
批判的な声もあったと思うし、時には心無い言葉を浴びせられたこともありました。
それでも私は、何としてでも、
4年間で学費以上の学びと経験をしてやるんだ、そんな思いから自分の信念を曲げず突き進み、無事に目標を達成し卒業しました。
正直、今となれば、もっと遊んだり友人たちとふざけ合ったりして、
気軽に思い出話できるような過ごし方をすればよかったかな?と思わないこともないです。
でも、あのとき、遊びたくても踏ん張ったこと、泣きたくても堪えたこと、
自分のせいでなくても頭を下げたこと、悔しさは原動力にかえて成果を出し続けたこと…
これらは全て、社会人となった今、私を支えてくれています。
多少のことには動じず、常に自分という強い軸を持ち、目標に向かって進むことができる。
正直、ほとんどのことはかすり傷だと思える。我ながら強いなと感心します。
そんな歯を食いしばることが多かった熊本は、
私にとっては修行のような場所でしたが、ここ数年は印象が変わってきました。
少し前に、アナウンサーとして仕事で呼んでいただく機会がありました。
自分が思っていた以上に、周りの人は温かく迎えてくれて、楽しく、自分らしく過ごせました。
実は多くの人に支えられて、育ててもらった場所なのに、
自分は勝手にぴりぴりした思いを描いていたんだ…と反省し、
熊本という地、そして自分を支えてくれた方々に恩返ししたいと考えるようになりました。
ちょうど先月も、その思いを胸に熊本に行ったばかりでした。
今回のような状況になってしまい、
これから自分がどんな恩返しを出来るのか、まだ明確ではありません。
ただ、微力ながらも、今の自分を作ってくれた人達が、
少しでも安心して過ごせる日々に近づけるよう、私にできることを実行していきたいと思います。
最後までお読みいただきありがとうございました。

